2025年夏 轟飯ドロライ連作掌編

※怪我・流血に関する描写があります

⑥炭酸飲料・どっちにする・セラピー

 渡されたキャンディは三つずつ。つまりたいした怪我ではなかったくせに、動転してリカバリーガール先生を頼ってしまったのだ。ゆえに、夕涼みの帰り道に足取りはひどく重い。今夜はケーキが待っているのに。
 初めてのキスが流血沙汰になったのだ。平和な怪我さね、と笑ってもらえたのは救いだが、ただ、恥ずかしい。ポケットの中で飴の包みを転がしていると、飯田が尋ねた。
「轟くんはどの味をもらったんだい?」
 ポケットから手を引き出して見せる。ミックスベリーと桃、そしてレモン。飯田も立ち止まって同じように見せてくれた。レモンと青リンゴにもうひとつ。
「サイダーだな。はじけるタイプのようだ」
 ムム、と寄せられた眉に、そういえば、と思い出す。
「炭酸ダメだよな。念のため交換するか」
 桃とベリーのキャンディを差し出して、どっちにする、と聞けば、いいのか、と確認される。赤く澄んだ瞳の瞬きがイチゴの飴みたいで、この中になくてよかった、と思う。あったらなんだか堪らない気持ちになっていただろうから。
 飯田は少し悩んでから、ベリーのほうをつまみ上げ、代わりにサイダーの飴を俺の手のひらに乗せた。だけど、互いにまず開封したのはレモンのキャンディだった。
 ファーストキスの味は、なんて俗説を二人して意識していたのだろうか。視線がぶつかるとどうにも可笑しくて、肩を震わせながら互いに少し顔を逸らしてしまった。
 負傷箇所は、俺ががっついて思い切り吸った飯田の舌の付け根と、痛みに驚いた飯田に勢いよく噛まれた俺の上唇。寮から保健室までは全速力の飯田にしがみついて運ばれた。脚は問題ないことを二人ともすっかり忘れていたのだ。
「ごめん、痛い思いさせちまった」
「もっとしてほしくて煽ったから、俺の自業自得だ。俺こそ、齧ってしまって悪かったよ」
 初めてだったのに? と目を見開いて隣を見ると、飯田の耳が真っ赤に染まっている。
「なあ、他には何かリクエストねぇのか?」
 誕生日にキスをしてみたい、とねだられていたのに、このザマだったのだ。だが、飯田はまた少し考えて、「きみをたくさん甘やかしたい」と予想外のことを呟いた。
「おまえの誕生日なのに」
「きみに触れていると癒されるんだ」
 轟くんセラピーだな、と飯田が微笑む。
 俺は自分の理性に、今度こそ頼むぞ、と念押してから、「わかった」と頷いた。