魔法少女パロ(半ロナ)

半ロナ魔法少女パロ途中まで。世界観はハードめですが、あまり考えずに読んでもらえるといいかも。タイトルは完成したらつけます。暴力描写あります。


1.

 路地の奥で白い光が閃き、消えた。

 その光は常人に見えるものではないが、別段珍しいものでもない。魔法少女がその姿を維持できなくなったときに発する救難信号のようなもの。その説明がただの建前なのは、組織に所属している者はみな熟知している。

 それにしても、この状況は極めて不審だった。今夜の討伐はほとんど終わっている。とっくに解散して、それぞれが拠点や自宅に帰還したはずだった。いきなり倒れる理由も、不用心な場所で変身を解く理由もないはずだ。

 ならば、能力を得たばかりで不慣れな者——もしかすると、未成年者なのかもしれない。本部に連れ帰ることも検討しなくてはならないだろう。補導歴がつくほうが志半ばで命を落とすよりも、ずっとマシだからだ。

 半田桃は眉間を揉みほぐし、筋肉質な太ももを覆う短いスカートの襞を整えた。そして、できるだけ温和な雰囲気を纏ってから路地の角を曲がった。

 地面に横たわっているのは、予想に反して長身の男だった。ひゅう、と息を呑む音が思いのほか大きく響く。男はちょっとコンビニまで出かけたといった装いで、襟のすり切れそうなジャージを身体に巻きつけるように縮こまっている。

 コンクリートが急に流砂になったかのように、足がふらつく。まさか。なぜコイツが、こんなことを。

 近寄って顔を覗き込めば、銀色の少し跳ねた髪と同じ色のまつ毛が閉じられたまぶたを縁取り、震えていた。うるさいほど表情豊かなはずのその顔は苦痛に歪み、それでも男は声ひとつあげない。

 軽く揺さぶってみるが特に返事はない。体温が異様に高いが、発汗が足りていないようだ。持ち物を確認すると、カジュアルな服装にはまったく似つかわしくない豪奢な装飾のペンが無造作にポケットに突っ込まれている。これで確定だ。この男は、半田と同類だ。

 半田は耳にかけたままの通信機を二度タップし、囁いた。

『魔法少女と思しき人物を一名保護。男性、二十代。意識不明、発熱、微弱なけいれんあり。自宅にて治療を施し、経過観察します』

 通信機からは本部への帰還を命じる声がけたたましくがなり立てる。厳しく定められたプロトコルに従うならそうするべきだ。いま拾った男の安全を確保するのなら、なおさら。

 それでも、半田は本部に戻るわけにはいかなかった。

 聞かなくてはならない。なぜ魔法少女なんかになっているのか。かつて笑いながら夢を語っていたお前が、どうして人気のない路地裏で倒れ伏しているのか。

 歯を食いしばり、半田は通信機を握りつぶした。パキン、とかすかな音と共に破片はすぐさま淡い虹色のきらめきを纏って消滅する。追いつかれるのは時間の問題だが、話を聞く前にこのバカを取り上げられたくない。応急処置を優先したと言い張れば、始末書と軽い謹慎程度で済むはずだ。半田は替えが効かない人材だと言われていた。それも半田をこき使うためのお為ごかしだとは知っているが、使える奴をそう簡単に廃棄するほどの余裕が所属組織にないことも知っている。

「帰るぞ」

 背を丸めて倒れている男をうつ伏せにし、脇の下から腕を差し込んで肩に担ぎ上げる。意識のない身体は見た目よりずっと重たい。セーラー服を模した襟が巻き込まれて、少し苦しい。

 やむを得ない。

 半田は強化剤をひとつ噛み砕き、飲み込んだ。そして、ふっ、と腹に力を込めて駆け出した。

 微かにコーヒーの匂いがする。目を開けると一面の灰色が広がっていて、それが瞬時にぐにゃりと曲った。慌てて目を閉じる。

 魔力を使いすぎたようだ。ため息をつくと、「起きたのか」と涼やかなのに厳めしい声が無感動に静寂を突き崩す。うっすらと目を開ければ、灰色の中に輪郭が浮かんできた。青と白をベースにしたセーラー服。スカートには、きっと本当に制服なら即校則違反になるような銀色の飾りラインがきらめいている。

 同類だった。ほっ、と息をついてようやく気づく。自分の変身が解けている。さらに、知らない部屋着に着替えさせられていて、足首には何か硬いものが巻かれていた。

「助けてくれたのか」

 人影に尋ねる。体格からして中の人は男だろうか。別に珍しくもないが、骨格や筋肉のつき方だけで判断するのはよくない。それに、どっちだっていいはずだ。願いがあって、それを叶えるついでにひとを助けているのなら。

 スカートから覗くがっしりと筋肉質な脚を少し長く見つめすぎていたと気づき、ロナルドは視線を上に滑らせていった。

「……行き倒れていたのはなぜだ。力を過剰に使うようなことがあったとは思えん。何があった?」

 厳しい質問を投げかける口元からは牙が覗いている。半妖。警戒を強めるが、それを察したのか相手は片手を挙げ、もう片方の手で手帳を目の前にかざした。

「認識阻害がまだ効いているようだな。俺は、こういう者だ」

 神奈川県警。特殊犯罪捜査本部特殊技術技能課特務二班特別捜査係。「特」の文字をいくつ読んだかわからないが、聞いたことがあるようなないような部署名だ。だが、それよりも大事なのは警察の制服を着て真面目そうに正面を睨みつける、見知った顔とその名前だった。

「半田?」

「久しぶりだな、ロナルド」

 そう呼ばれた瞬間、パシッと空気が裂けるような音が頭の中で響き、目の前の魔法少女がかつて教室で毎日顔を突き合わせていた同級生の姿へと瞬時に変わる。思わず跳ね起きると、また部屋がぐらりと回った。

「なんで、お前も」

「お前たちの間では、そういうのは聞かない約束なんじゃないのか?」

「いや、だって」

 半田がこの力を授かったのは、いつなのだろう。ロナルドはふらつく身体を支えながら、こっそり『鑑定』をかけようとした。だが、魔力の高まりは干渉を受けてぷちんと弾けてしまった。それは、実に鮮やかな一撃だった。

「サポート型……にしては、やはり消耗が激しいな。回復状態もよくない。定められた休息を取っていないのか。仲間はどうした?」

 いまロナルドがしようとしていたことを完全に無視し、半田が電卓のような見慣れない機械を無遠慮にロナルドのこめかみから目の前にかざした。思わず顔を逸らしてしまう。

「じっとしていろ」

「なあ、お前なんでこんなことしてんの? ってか、ここどこだよ。アイツらの拠点でもなさそうだし」

 顎を掴まれ、正面を向かされる。

「俺の所属は、一応存在しないことになっている。あちら側としては『害はないので見逃している』、というのが正確だろうな」

 こんなことを聞いてしまっていいのだろうか。ロナルドが身を固くすると、半田が機械をどこかへとしまった。

「これから貴様がどうなるのか、だが」

 一度和らいでいた口調がまた急に厳しくなる。ロナルドは話の先を促すように頷いた。

「組織で保護することになるのは決定だ。本部に連れてこいと、さっきも催促があった。だが、なるべくなら貴様の意思を尊重したい。逃げられても困るからな」

 苦悩するかのように歪められた口元には、やはり昔と同じ牙がぎりぎりと食い込んでいる。

「逃げたら、どうなるんだ」

「……俺が嘆き悲しむ」

 半田はそんな冗談を言う奴だっただろうか。嘘をつくことすら下手すぎて、いつも丸わかりだったのに。いまも首筋が知恵熱で真っ赤に染まっている。

「言えないならいいけどさ。でも、何のために連れて行かれるのかくらいは教えてくれよ。保護って、なんで必要なの?」

「貴様には、『あがり』を目指してもらう」

 ロナルドは息を呑んだ。

「だけど、俺」

「魔法少女の願いを成就させるための特殊部隊。それが俺の所属組織だ。貴様は俺たちの保護下で願いを叶え——ヒトに、戻る」

 だめだ。そんなことは、許されない。ロナルドはベッドの中で後ずさった。だが、逃げ場などない。足首に巻かれた枷の鎖がかちゃりと諌めるような音を立てる。

「いやだよ」

「限界まで消耗する奴ほどそう言うのだ」

 じろりと睨まれ、息を呑む。

「消耗しきった魔法少女が、楽に死ねると思うのか? 都市伝説程度には聞いているのだろう?」

「あんなの、デタラメだろ」

「デタラメなどではない。俺は、襲われたことがある。俺たちの魔力を喰らう、『なれのはて』に。……十四歳だった」

 え、とロナルドは声を洩らす。

「俺は、そのときに『力』を授かった。それ以来、『なれのはて』の発生を防ぐため、組織で魔法少女として働いている」

 ならば、知り合ったときにはもう、こっち側にいたというのか。……まだ、子供だった半田が。向こうの血が入っていれば、魔力も高いと聞いたことがある。羨ましいよな、四分の一でも混ざってればな、と仲間内で話したこともあった。だけど、十年近くこんなことをしているなんて——

「願い、は」

 思わず自明のことを訊ねていた。

「叶ってはいない」

「お前はいいのかよ」

「俺は無計画に力を酷使することなどないから、いいのだ」

 半田はロナルドに背を向け、テーブルに置いてあったマグカップを取りながら変身を解いた。トリガーになる掛け声も動作もなく、ただ静かにスイッチを切ったような滑らかさだった。半田が着ているのは支給品らしきグレーのスウェットの上下、ということは本当にすぐに連行されるわけではなさそうだ。

「俺だけではない。他にも優秀な奴らがうちにはいる。安心して身を任せてくれていい」

「でも」

「仮眠を取ってくる。何かあれば呼んでくれ」

 半田が振り向き、小さな端末のようなものを手渡した。平たくて丸いそれをひっくり返しても使い方がよくわからない。

「真ん中を押せば俺と通話ができる。何かあれば呼べ。飲み物はサイドテーブルの下にクーラーボックスがあるから、好きに取るといい。固形物はまだやめておけ」

「至れり尽くせりだな」

「仕事だからな」

 そう締めくくると、半田は部屋を出て行った。

 足枷は外してもらえなかった。

2.

 この世界が向こう側といつから重なって・・・・いるのかは誰にもわからない。向こう側としてもことの起こりは想定外で、いまだ解決はしていない。魔法少女は、このふたつの世界が完全に衝突してしまわないように調整するための存在だと言われている。ふたつの世界の狭間から溢れる魔物を屠り、こちらの世界をつなぎ止める楔とする。向こう側にも同様の存在がいて、活動をしているということだ。

 今のところ、この言い分を信じるしかない。こちら側の人員は少ない。そもそも、文明のレベルが違いすぎて観測もままならないのだ。

 ふたつの世界が重なった時から徐々に人間にも魔力が扱えるようになった。最初は神への祈りが聖なる奇跡として現れたと考えられていた。だが、それがあちこちで観測されるようになってきた頃には、奇跡の呼び手らは魔女と呼ばれるようになり、迫害されるようになっていた。

 やがて彼女たちは人間社会から浮かないようにひっそりと奇跡、あるいは魔女の力を使える者たちを保護するようになっていった。力の使い方を教え、目立たないようにひとの役に立つ術を身につけさせる。そうすれば、殺されることも、搾取されることもない。そうやって少女たちの——徐々に少年や成人した者たちも増えていったが——幸せを願って、生き延びさせた。

 その延長線上にあるのが、半田の所属先の組織だと言われている。情報操作をし、こちらに移住した協力者等を「いて当然」の存在と認知させてきた。魔法少女というものについても隠匿することはなく、かといって積極的に存在を認めるわけでもない。なる必要がある者はいずれなる。そんな曖昧なものとしてきた。

 実態を知る半田にとっては、そんな昔話と現状の説明を入ってくる後輩や保護対象にするたびに、首を傾げすぎてもげてしまいそうになる。清濁併呑と言うには濁った水の底が見えなさすぎる。可憐なフリルで何を覆い隠そうとしているのか、人類はまだ計りかねているのだ。

 だが、半田自身が救われたこともまた事実だった。

 ——クソッ。クソッ、クソッ。

 ——職務怠慢だ。誰が見逃していた? ……俺か。俺が、見つけてやれなかった。

 半田はノートパソコンの前でひとり唸っていた。特技課のデータベースには何も情報がない。ロナルドの本名で検索しても見つからない。本当にサポートしかしていなかったのだろう。

 何も記録されていないということは観測されていない、つまり攻撃魔法を使っていないということだ。力を授かれば、一つや二つ使えるはずだ。一度でも使えば、それは特技課の網に引っかかり、それを元に捜査員がしばらく観察することになっている。そして、尾行して素性を割り出してから、必要があれば魔法少女として接触して仲間になり、そのまま願いを叶えるまで支援することになる。

 たいていの願いは叶えやすいものが多く、引き換えに必要な『奉仕』も与えられる力も個人単位では少ない。三十年前の事件を期にあちら側で調整がされたためだ。だが、その事件を知っている者が時々その調整を掻い潜って莫大な力を手に入れることがある。それでこのシステムが確立された。

 ロナルドの場合も、このケースに該当するのだろうか。サポート型でも攻撃魔法をまったく使わないということなど、本当にありうるのだろうか。慣れないうちはとっさに出てしまうことが多い。それに、魔法少女の力を求めた者の性(さが)として、願いを叶えるための力を試さずにはいられないのだ。ならば、攻撃魔法がない、あるいは隠蔽できるのか。まさか、かなりの高レベルとはいえ『鑑定』と『浄化』と『回復』だけでやってこられるわけでもないだろう。ひとつだけ思い当たることがないわけではないが、いずれにしても、さまざまな定説を覆すことになる。頭が痛いことに変わりはない。

 高校卒業目前に姿を消したロナルド。保護者だった兄を亡くし、まだ未成年の妹をひとり残して失踪する理由はない。魔法少女、あるいは向こう側に関連するのではないかと訴えたが、根拠が薄いと公式な捜査には踏み切らせてもらえなかった。仕事の合間に上の目を盗んで探しても見つからず、やっと再会できたのに、何もかもがイレギュラーすぎる。ただの未知の能力だとしても問題が山のようにある。このまま帰してやれないのだけは確かだろう。

 半田は立ち上がり、隣の部屋を覗いた。いつもは自分が寝ているベッドには、ロナルドがいる。昔は騒がしくて、よく笑いよく泣く奴だった。だが、静かに眠る姿は見知らぬ誰かのようだった。

 まさか、何者かがロナルドを騙り、こちらに接触してきたのだとしたら。

 ありえない。あれは覚えているとおりの間抜けヅラだった。それに、それこそ理由がない。

 じっと見つめていると、ロナルドが身じろぎをした。熱はまだあるのだろうか。近寄ってみると、苦しそうにはしていない。汗もほとんどかいていないようだった。ベッドに慎重に腰を下ろし、掛け布団の外に出ていた手を何気なく取ってみる。ゴツゴツと節くれ立った、傷だらけの拳だった。これでひとつ謎の答えに近づいた。おそらく、徒手空拳。兄に憧れて格闘家を目指していたのなら、それ以外の戦い方に違和感を抱いてもおかしくはない。それに、常に回復と浄化を纏わせていれば、ある程度の破壊も瘴気の侵食も無効化できる。攻撃魔法とはカウントされない。

 想定外とはいえ、道理は通る。ただの魔法少女というのなら、話は早い。肩の力を抜き、布団をそっと剥いでから半田はもう一度ロナルドの手を握る。予想通り、魔力の総量は低いながらも流れは安定している。ペンを握らせ、繋いだ手からわずかに魔力を流し込んでやれば、しゃらん、と音が鳴った。

「見かけたことはないな」

 頭の両側、高い位置に赤いリボンが短い銀髪を束ねている。ピンクと赤を基調としたワンピースは膝くらいの丈で、裾には白いレースがあしらわれ、引き締まった太ももを飾っている。白いハイソックスと赤い靴にも特に仕込みは見られず、膨らんだ袖もただ鍛え上げられた腕にあつらえたようにフィットしているようだ。よくある、無害さを主張し姿を均質化して、認識阻害を効かせやすくするための意匠だ。まるで無防備だ。だから魔法があるというのに。

 ペンはステッキに変化していたが、ステゴロで戦っているのならこれはどうしているのだろう。まさか、殴るのに使っているのだろうか。ならば、ステッキと攻撃魔法は無関係ということになるが。

 観察するだけではわからない。いたずらに魔力を奪い続けるのもよくない。半田は「解除」と唱えペンを回収した。そして、ロナルドを元のスウェット姿に戻し、再び掛け布団を掛けてやった。だが、握ったその手を離せなかった。

 そのままベッドの隣に膝をつき、ロナルドの手を頬に寄せる。盛り上がった古傷が半田の頬をざらりと擦る。そこに今度は唇を寄せ、半田は項垂れた。

 もっと違うやり方で、手を取れていたら。

 同じ世界では生きられないと知りながら友達ヅラをするくらいなら、姿を見せて、お前が普通の人間であるうちに捕まえておけばよかった。お前の夢の隣に、何度もすらすらと言えるように練習した架空の夢を並べたりしなければよかった。いなくなった時に、何もかもかなぐり捨てて探しに行けばよかった。

 だが、道が既に定まっているくせに、母から受け継いだ魔力もあるくせに、社会的には力を持たない子供に何ができただろう。組織がなければ何もできない、子供に。

 目元が熱い。そろそろ離れなければ。そう思った瞬間、ぐしゃ、と髪が掻き乱された。

「……はん、だ」

 見上げれば、ロナルドが身を起こしていた。

「寝てろ」

「お前が泣いてるから起きちゃったんだよ」

 さっきよりも明瞭な声は笑っているようだった。目が曇って、顔が見えない。

「そんなに会いたかったんだな」

「当たり前だ」

「そっか」

 ロナルドはふらつきながら、半田の隣に膝をついた。ちゃりちゃりと足枷をつなぐ鎖が音を立てる。

「手、キスしてくれたの?」

「そうかもしれない」

 衝動的にしたことで、申し開きの言葉はない。答えになっていないことも責めずに、ロナルドが半田の目尻から涙を拭った。

「俺のこと、探してた?」

「……思うようにいかなかった。無力で、どうしようもなかった。探せるようになった頃には痕跡も、何もなくなっていた」

 ふわりと何かに包まれる。それがロナルドの腕だとわかった頃にはもうしっかりと抱きしめられていた。

「なんとなく覚えてる。ここまで運んでくれたの。礼を言ってなかったな、ありがとう」

「仕事だからだ」

 髪がふわふわと首をくすぐった。初めてこんなに近くにロナルドを感じる。

「俺の話、さっき聞きたがってたよな」

「ああ」

「聞いたら、上に言わなきゃいけねえんだよな」

「そうなるな」

 ん、と喉を鳴らして、ロナルドがさらに密着する。だが、不穏なものを感じて半田は身を固くした。

「ここ、盗聴とかは」

「ないことになっている」

「じゃあ、このままで。イチかバチか、お前が絆されてくれると信じて話す」

 ロナルドが声を落とす。

「兄貴が生きてた。俺、遺体も見てるはずなんだけど……焼いた、はずなんだけどさ。いたんだ。声かけたんだけど、逃げられた。それで追いかけたら、変身して姿がわからなくなった」

 半田は思いがけない告白に息を呑む。それは、まさか。

「うん。俺らと、たぶん同類。だから、俺もなった。それっぽい奴を探して、話聞いて」

「なら、願いは」

「『本当のことが知りたい』」

 抱擁が解かれ、さっと引き上げられたかと思うと腹にドスッと衝撃が走る。全く予想していなかった動きに、半田は床に倒れ伏した。たった一発喰らっただけだった。なのに痛みで全身から冷や汗が吹き出し、身動きが取れない。

 油断した。完全に、油断していた。

「ただの素手の力だから。俺、あんまり魔法得意じゃなくってさ。暴力のが全然使える。仕事もそんな感じだし」

 そして、半田のポケットから自分のペンを取り出してくるくると回した。

「お前らんとこにもっと力があったなら、とっくにしょっぴかれてただろうな」

 しゃらん、と音が鳴り、目の前の素足が赤いエナメルの靴に変わる。ステッキが足枷を叩き割る。そんな用途、聞いたことも見たこともない。

「お前らにもっと力があったなら、兄貴はいなくならなかったんじゃねえのか? 組織があるとまでは思わなかったよ。しかも警察? 公権力サマのくせに無意味すぎる。取りこぼしちゃなんねえところで取りこぼした」

 背中から長く垂れるリボンを揺らし、ロナルドは大股でドアに向かっていく。半田は追い縋ろうにも片手を伸ばすことしかできなかった。

「そ、その魔力量じゃ、お前、また」

「知ったことかよ」

 ロナルドは振り返り、半田を見下ろした。

「お前が俺に協力するってんなら、また会って話してやる。できるもんならな」

 そして、青く燃える瞳を伏せて、囁いた。

「俺も好きだったぜ、お前のこと」

 半田が呆然と見つめる中、ロナルドはドアを出て行き、そのまま姿を消した。