半田の告白を断ってしまったロナルドがカメ谷と飲んでる話。初出Privatter、2021.04.28
「……冗談だと思ったのに」
酔うペースが早い気がする。野郎二人で飲めば案外そんなものかもしれない。
三人目の不在にいらついてなんか甘くて甘いやつをごくごくと飲み干すと、部屋がぐるりと回転して俺はテーブルに勢いよく突っ伏した。
「おーい、あんま飛ばしすぎるなよ? 潰れたらその辺に置いてくからな」
ザルのくせに薄情だ。差し向かいのカメ谷を見上げると、顔色ひとつ変えずに焼酎をうまそうに舐めている。
「しかし半田がねえ。いつかやるとは思ってたけど」
半田の名前を出され、鼻の奥がツンと痛くなって涙がじわりと滲む。
「なんだよ、それ。お前なんか知ってたの?」
「いやいや、わかってなかったのお前だけだと思うよ」
ま、無理もないんだけどさぁ、とたこわさをつつきながらカメ谷が苦笑いする。
二週間前、俺は半田から告白された。ずっと好きだった、と。出会った日からこの日の前々日まで続いていたろくでもない嫌がらせの数々が頭をよぎって、なんの冗談だ、また嫌がらせか? と思ったらそのまま口から出ていた。
「そうではない。気づいてしまったからには伏せておくのもよくないと思って、こうして伝えにきたのだ」
いつもの不遜な態度に思わず返した言葉は。
「ないわ」
まあ、そうだろな、と呟いて少しだけ肩を落とし、来た時と同じように窓から出て行った半田は、その日からぱったりと姿を現さなくなった。
そして俺もまた、その告白の日を境に。
起きてすぐ事務所側の窓を開けるたびに、床下から飛び出すヒナイチの制服の紺と白が目に入るたびに、机の奥からイモムシのフィギュアを発掘した時に、なぜかにく美さんと半田との三人で行った映画の半券がノートの間から出てきた時に。
半田の、いままで見たこともないような、ひどく悲しげな顔が幾度となく脳裏にチラつくようになってしまったのだった。
「なんでフッたお前がダメージ受けてんの」
「わかんねえよお」
別に普通に過ごしているつもりだったのに、ドラ公には「ゴリラが辛気臭くて気が滅入る」と晩飯を作らない旨を宣言され、ジョンはうきうきとヴァミマへと繰り出してしまったので、こうしてカメ谷を呼び出して居酒屋まで来たのだが。
「あのバカなんで」
「うんうん」
「気まずいじゃん」
「そうだねえ」
「もうちょっと段階踏むとかさあ」
「……え?」
「いろいろ、あんだろ。告る前によぉ」
「えっと、ロナルドさん?」
「俺にだってわかるぜ。いきなり言うもんじゃないんだよ、たぶん」
「えぇ……」
「でもさ、なんで俺、ちゃんと聞いてやらなかったんだろう。あいつが嘘つけないの、知ってたのに」
「お前さ」
「事務所にも全然来ないし、あいつ、俺のこときらいになったのかな」
「あー……そういう」
「なんか、やだ」
ダンッ。
突然固いものがぶつかり合うデカい音が聞こえて、びくっとする。それが、カメ谷が底の分厚いグラスをテーブルに強く置いた音だと気づいてちょっと泣きそうになる。
「そっか。もう三人でも遊べないんだな……俺のせいで、ごめん……」
「あー、もう。ロナルドさあ」
カメ谷もやっぱり怒ってる。こいつが怒ってるところなんか見たことないのに。
「話を整理するぞ」
グラスの中身を一気に呷って、いつの間にか取り出していたメモ帳をめくるカメ谷。
「半田がお前に告白して、お前が反射的にフッて、それで気まずいんだよな」
「うん」
「で、お前はちゃんと聞いてやればよかった、と思ってる」
「あのさ、自分で言ったこともお前の言ってたことも全部覚えてるし、いちいち復唱すんなよ」
「いいから聞けよ。半田に嫌われたかもって思ったんだろ? で、その感想が『なんか、やだ』。しかも俺ら三人で会えなくなるかも、って思う前にそれだろ?」
「だから、ごめんって。お前にも迷惑かけて、悪いと思ってる……」
「それは追々考えるとして」
カメ谷は空のグラスをちら、と見て店員を呼び止めた。何かいかつい名前の酒とお冷を二人分頼んで、お前は? と聞いてくるカメ谷に、なんか甘いやつ、任せた、と告げるとメニューを指さして注文した。
「じゃあ続けるぞ。お前はこうも言ってる。『告白する前に段階を踏んでほしかった』って。段階ってなに?」
「それは、うん? お互いのことを知る、とか……?」
「距離感がバカのお前らが? いまさら?」
「じゃあ、なんだ? もっとそれとなく好意を示してくれるとか?」
「あいつにできると思う?」
「うぐ」
「仮にそういうことがあったとしても、お前、気持ち悪がるんじゃないの?」
「それは」
そうだろうか。しかめ面ではなく、穏やかな笑顔を俺に向ける半田を想像してみる。悪くない気がする。だけど、その可能性は俺が潰した。いや、潰して良かったのだけど。
結果は同じなのに、どうして。
「……お前にしては及第点か。つまりはそういうことだ」
カメ谷が不可解な、結論になっていないような結論を出した。
「は?」
「まあ、俺は気にしないから。これからもお前らにはあれこれ付き合ってもらいますよ」
「おい、カメ谷、そういうことって、どういう」
お待たせしましたー、と明るい声で店員が割って入る。カメ谷が空いたグラスを端に寄せて、店員がまた背の低いグラスに入った透明な酒と、俺の前にはオレンジっぽいピンク色のしゅわしゅわした甘そうなやつを置く。ごゆっくりどうぞー、と離れていく店員を見送って、もう一度カメ谷に問いただす。
「そういうことって」
「いいからいいから、とりあえず飲もうよ」
カメ谷がグラスをあげて合図をするので、俺も応えてグラスをあげる。
「かんぱーい」
「おう」
なにに乾杯しているのかわからないままグラスに口をつけると、炭酸の泡がぷちぷちと弾けて、ほろ苦い蜜の甘さが追いかけてくる。……これはさすがに俺でも知っているやつだ。顔が熱くなる。明らかに酔いなんかではない。
「お前マジかよ……」
「何が? ただの『なんか甘いやつ』だろ? うまいか?」
「このやろう」
テーブルに転がっていた枝豆のさやを投げつけると、それはどこにも当たらずにどこかに消えてしまった。カメ谷はにやにやと笑いながら、いかつい名前の酒を舐める。
「ほうら、やっぱりバリバリ意識しちゃってるじゃん」
「クソッ……お前、最悪……」
なんでこんなのであいつの顔を思い出すんだよ。なんであいつは一回フられたくらいで俺のこと避けるんだよ。
グラスをもう一度呷って、俺はテーブルに突っ伏す。
なんで俺はずっとあいつのこと考えてるんだよ——
喉の奥でピーチフィズの泡が弾けて消えていった。
おわり